松倉君を偲ぶ

2013年02月15日 代表コラム

松倉秀実弁理士が先月(2013年1月7日)亡くなられた。享年57歳、すい臓がんであった。松倉君の父、兄(弁護士さん)も同じ病気で亡くなれている。また、Appleのスティーブジョブスも同じ病気、同じ年齢であった。

私が「松倉君」と言わせていただいているのは、私が弁理士試験の指導をしていたためである。30年以上前のことであるが、恵比寿で渋谷区の公民館を毎週水曜日に借りて毎週論文を1通書いては私が講評するという、わずか10名程のゼミであった。松倉君は、3年程で弁理士試験に合格したが、センスがいい文章を書いていたと思う。その後はあまりお目にかからなかったが、どのようなことをやっているかはフォローしていた。

弁理士となった松倉君は目覚しい活躍をした。友人らと共に特許事務所を設立し、いまでは大きな事務所となっている。松倉君が得意なのは、IT系を中心とした発明発掘や知財経営についてのコンサルである。文系の大学を卒業したが、東京理科大で電気を学び、さらには技術経営の大学院へも行った大変な勉強家でもある。その経験を生かし、多摩美大、慶応大学などで教えていた。一時は4つの大学で教え、その間に企業へ出向いてコンサルを行うなど、大変ハードな日常であったと聞く。私も参列した通夜では、学生を始めとして若い方が数多く集まっていた。

57歳という年齢からしてもまだまだこれからだったのにという思いである。遺作となってしまった「黒船特許の正体」(昨年7月に初版発行)では、Apple、Amazon、Googleがどのような知財戦略をとっているかを公開特許等から見事に分析している。この本からも松倉君がいかに意欲的で、まさに知的財産分野でのパイオニアであったことが理解できると思う。誠に残念であった。

松倉君は、自分は色々なことをやって思い残すことは無いという趣旨のことをFacebookで述べていたが、自分の死を受け入れることはなかなかできるものでは無い。人の死は予想できず、まさに運命としか言いようが無い。ただ自分としては毎日を一生懸命生き、死が近づいたならば素直に受け入れようと思う。


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